Fluke8060A整備


はじめに

30年以上販売されている超ロングセラーFluke80シリーズ初代のカタログには、Fluke最高峰機種8060Aの機能を内包...とある。
おそらくリファレンスとなった8060Aは大変興味深く、例のごとく オクで入手したので整備を行った。
このメーターの主任設計者 David Taylor 氏がeevblogに多くのコメントを残しており、それら開発秘話も非常に面白かったので紹介しよう。

Fluke8060A

1982年販売開始、 世界初のマイコン搭載DMM。FlukeハンディDMMの2世代目(初代は8020シリーズ)。
参考、FLUKEのマルチメータヒストリページ
その機能・性能は当時として大変意欲的で、40年経過した2022年現在でも高級機に相当する。

・4.5桁20000カウント
・基本確度0.04%
・True-RMS 100kHz
・周波数カウンタ
・dBV,Rel表示
・300MΩ抵抗、コンダクタンス測定
・ダイオード測定
・高速導通チェック

Fluke8020は世界初のシングルチップDMMだが、8060Aでは主要チップが計測チップ(Measurement Acquisition Chip = MAC)とマイコンの2チップ構成に変わっている。
MACは設計、製造とも自社で、自社工場最初の製品だという。MACについては前述Taylor氏のコメントに大変驚いた逸話があったので、最後に紹介しよう。
マイコンはシャープのSM4という4ビットワンタイム品が使われている。

LCDドライバ内蔵、消費電流50uAという スペック的に完璧なマイコンだったが、社長のJohn Flukeはmade in Japanを使うことに反対で、Taylor氏らが説得したのだという。
その後シャープは長らくFlukeのサプライヤになったのだという。確かに温度計のFluke5xもSM4が使われているし、これまたよく売れたFluke7xシリーズはSM5が使われている。
この世代まではMAC+CPUの2チップ構成だ。8060Aの2チップ構成は7xシリーズまでの基本設計ということだろう。
Fluke8xになってシングルチップ化されたが、このチップはSMx8xとなっている。アナログ設計はFlukeだろうが、マイコン設計と製造はおそらくシャープだろう。
マイコンがシャープから調達できるようになったので、液晶もシャープから調達したのだという。

RMS-DCコンバータもFluke設計品で、製造はモトローラのようだ。
このDMMのために3つのICを起こしているから、かなりの力の入れようだ。
100kHz応答やdB表示は、オーディオマニアでもあるTaylor氏のマイツールへのこだわりだという。

当方がFluke80の優れた機能として評価している高速導通チェック機能のオリジナルも8060Aのようだ。
この高速導通チェックも「こだわり」であり、他のメーター設計者は導通チェック高速性の重要さがわかっていない、としている。
本当にカタログのイラストのように使えるから大変便利である。

周波数カウンタは低周波になるとレシプロカル動作(周期を測って逆数で周波数にする)になっていたり、Hi-Zモード(入力Z>1GΩ)があったり 、実は2万カウントは内部8万カウントを1/4にしてノイズを減らしているなど、これ以上無い位に設計されている。

レストア

レストアといっても、電解コンと006P電池スナップの交換だけだ。
電解コン交換はこの機種のレストア定番のようで、海外サイト情報によればほぼ液漏れが発生しており交換必須だ。

お漏らしで基板ダメージ。

1983年製のようだ。これがMACチップ。
1995年頃まで販売されていたらしいから、初期型ということになるだろう。

液晶サブ基板の裏にSM4マイコン。

動作確認

基本のDC電圧だが、やはりFLUKE、長期間経っても狂わない。本当にこれには驚く。
40年経過しているが0.1%あたりに居る。

標準電池はHiZモードで測定。

Taylor氏によると、RMSコンバータのスペック100kHzは「控えめ」な値だという。
実際測ってみると-3dB点で500kHzとなった。
RMS仕様のFLUKE87も比較のため同時に取ったが8060Aのほうが広帯域かつ、素直な特性だ。
どちらも「テスター」としてはかなり広帯域だと思う。

MACチップの逸話

前述、世界初のワンチップDMM、Fuke8020の心臓部はIntersilとの共同開発品だという。
当時のIntersilは腕時計用LSIを作るメーカーだったらしい。
ところが、Intersilがこのチップを微妙に改変したものを勝手に市販し始めたので、Flukeと裁判になった。
しかも、FlukeがIntersil販売のチップを調べると、ダイにFlukeロゴがあったというから穏やかではない。
このような問題から重要チップは自社製造する方針に変更、その第1号が8060Aの計測チップ(MAC)だったという。

その問題のIntersilチップは、なんと有名なICL7106だというのだ。

この石かその改良品(ICL7136等)を使ってDVMを自作した人は多いだろう。私もいくつか作った。
市販パネルメータ、計器にも大量に採用されたし、今でも採用され続けている。
40年以上販売されているデファクトLSIなのだ。
そんな有名な石の出自が、実は上記の「いわくつき」だったと知って、たいへん驚いた。

改めて8020サービスマニュアルでカスタムLSIとICL7106を比較すると、ピン配はほぼ同一である。
水晶発振の8020カスタム品、CR発振のICL7106程度で、ほぼ完コピと言っていいだろう。

現在市販されている1000円DMMなどのチップは、ほぼICL7106/7136のセカンド品であり、8020の功績は不本意ではあるが極めて大きいものがあったと言えるだろう。


計測器パネルメータのICL7107(LEDバージョン)、IntersilはHarrisに買収されたため、Hマークになっている。
(ハリスはその後ルネサスになっている)これらはすべてICL7107だ。


[戻る]

Created: 2022/05/22
Updated: